猪狩秀平、2月のUSツアーを語る!

2月に12都市を訪れるなど、初の本格的なUSツアーを行なったHEY-SMITH。これまでにあまり語られてこなかったことや、新しい体験などを猪狩秀平に聞いた。

――AUTHORITY ZEROと一緒にけっこう廻ったんだね、12都市12本。
「もう、なにもかもが日本と違いすぎて、めっちゃ楽しかったです(笑)。違うこととか、うまくいかないことというか、言っていた通りにならないこととか、なにもかもが違いすぎて。文化もね。それが逆に楽しかった」

――アメリカは2011年10月に南部マイアミで開催された音楽フェスティバル、THE FEST 2011に出てるよね。もともと海外でやりたいっていう意向は強かったの?
「一番最初はめっちゃ強かったです。むしろ、バンドを始めたばかりのときは海外に移住すると思ってた。一番最初はね。移住して向こうから日本にくると思ってた」

――初期の頃のKEMURIの感覚に近いかも。
「移住して向こうに住むと思ってました」

――へぇー、そんなに思いが強かったんだ?
「最初は、はい」

――で、来日公演なるものを行いたかったんだ?(笑)
「そうです」

――いいね、それ(笑)。
「だけどその後旅行でいったり、ライヴでフロリダにいったりしたとき、あ~日本のほうがご飯は美味しいなぁって(笑)。それで大きく日本に住もうかなってなりましたね」

――食文化/食生活が合わない、と?
「美味しいんですけど、二日連続はいらないですね。同じじゃないですか、味が。二日も三日も連続だといらない(笑)」

――だけど今回向こうにいって2週間ずっとそうだったわけでしょ?
「だから晩御飯をピザ、サラダっていう感じで1日ずつ変えていきました。ピザ、ブリトー、タコスとかは無理で。ピザ、サラダ、なにか、サラダ…みたいな。だから晩御飯がサラダだけとか、サラダとパンとかありました」

――向こうって食事は日本より安いじゃない。加えて移民大国だからいろんな文化がクロスオーバーし、さまざまな料理があるじゃない。
「だけどクオリティが低いです、とにかく。料理のクオリティが。こっちで吉野家で食ったら神がかってますもん。全然違う。マクドだってこっちのほうが美味しいし。全部そう。なにもかもこっちのほうが上」

――昨年初頭にAUTORITY ZEROを呼び、全国を一緒に廻ったじゃない。そのときから次はオマエらがアメリカにこいよって話になってたの?
「約束はしてないけど、いきたいっていう話はしてました。彼らが所属するマネージメントにも打診してましたし。確定はしてなかったけど」

――その話が具体的になり、実現ってなったのはいつ頃のことだったの?
「昨年の9月くらいでしたね。ホンマに日程も全部フィックスしたのは11月くらいでしたけど」

――今回のツアー日程を見ると西海岸から中西部にいき、また西海岸に戻り、そしてまた中西部へ。それから南部に、ってなかなか大変な行程だったね。フロリダのフェスに出たときと、今回のとじゃだいぶ違ったでしょ?
「やっぱライヴハウスのツアーを廻らせてもらうっていう感覚は、かなり日本と近くて。移動してライヴ、移動してライヴっていうのは慣れっこだからよかったんですけど、なにしろ国がデカいんで。日本のように2、3時間とかじゃなく、毎日9時間とかの移動で。それがもう、ビックリしましたね」

――時間的な感覚とか物差しが全然違うよね。「車ですぐだから」なんて言われても実際はフツーに2、3時間ぐらいかかったりする(笑)。今回12本やったなかで、どこのライヴが一番印象に残ってる?
「ん~~~~一番印象に残ってるのは初日公演(@アリゾナ州テンペ)ですかね。アリゾナがAUTHORITY ZEROの地元っていうこともあり、一番キャパもデカかったんですよ。1,500人くらいのハコ。そこに1,000人くらい集まった。まず初日公演っていうドキドキ感。それにこんなデカいとこでやらせてもらえるの?っていうのがあって。もっとちっちゃなハコだと思ってたんで。そして、そこでジャーンって音を鳴らしたら、HEY-SMITHを知ってるヤツもいたんですよ。チェックしてたんでしょうね。Tシャツを着てるヤツもいたし。で、“あれ、ここアメリカやんな?”って(笑)。アメリカで演奏してて知ってるヤツがいて、Tシャツ着てくれてるヤツもいて。それでけっこう感極まるものがあって。で、やりながら思い出したんですよ。高校生んとき、アメリカに住んでやってやるんだ! って思ってたことを、今やってるよって。ちょっと思うとかなりジーンとなって。だから一番最初の公演が印象深かったですね」

――活動休止期間があったとは言え、もう10年近くキャリアを積んできたじゃない。それで自負も自信も持ち、強固なファンベースだってある。それがまったくゼロのところにいき、高校生んときのことを思い出すって、けっこう感慨深いよね。10年もやってると、よくも悪くもこなれてしまうところってあると思うんだ。だけど向こうにいくと、日本語からして通じない。ある意味初心に帰ったみたいなところってあったんじゃない?
「そうですね。日本語を話してもムダっていうのが。かなり似てるんですけど、初めて大阪から東京に出てきたとき、ここで下ネタやジョークを言ってもムダっていう感じがしたんです。大阪はゲスいジョークとかを言って、お客さんが笑ってくれて、曲をやったら盛り上がるとかあったんですけど、初めて東京に出てきたとき、自分のキャラみたいなものがなんにも通じなくて。あ、全然アカンやん、やり方変ーえよっていうのが、アメリカでもありました。曲の説明をしたり、どういう思いでアメリカに来たのかとか、最初はMCで言おうかなと思ったんですけど、よく考えたら、もしオレたちのライヴに外国人のお客さんがきて、流暢な日本語で思いを語られても、そんなのどうでもいいし。逆の立場だったらそうなるなって思ったんですね。だからとにかく騒ぐぞ! とか、AUTHORITY ZEROと友達やからこれたとかそのくらいで、必要以上に喋るのとかはやめました」

――当たり前だけどアメリカでライヴをやるっていうことは、いつもとはまったく違う環境でライヴをやるっていうことなわけで。Tシャツを着てたお客さんとか、そういうのはごく一部だったでしょう。ほとんど初見で、アナタたち誰?っていう環境。それでもいつもの楽しいお祭りみたいなライヴをやったと思うけど、手応えがあったとか、日本じゃあんなにウケるのにこっちじゃダメだな、とかあったと思うんだけど…。
「いや、オレね、それがあんまなかった。自分で言うのもなんですけど、手応えがめちゃくちゃあった。お客さんがオレたちのこと観ないで帰っていったり、人の数が減ったり、全然モッシュ起きないとかそういう感じだと思ってたんですね。だけど全然。曲やっただけモッシュの人数増えるし、踊る人も増えるし。それをスゴく感じた。カリフォルニア州なんて、1本目から4、5本きたヤツが10人くらいいました。気に入ったから全部きた、みたいな。そういう意味で、ライヴさえやらせてもらえれば、どうにでもできるっていう自信は逆についたかもしれないです。もっと落ち込むと思ってた(笑)」

――昔、日本のバンドを海外で観たことあるけど、終わった後みんなけっこう凹んでたよ。うまく伝えられないし、全然伝わらないって。そういう意味じゃ、日本じゃ得られない感覚や新たな自信を持って帰ってこれたんじゃない?
「そうですね。一番お客さんが少なかったところで7、80人くらいで、一番いたところが1,000人くらい。平均するとだいたいいち公演200人とかぐらい。だけど曲が終わったときの歓声や反応が顕著にあって。オレたちはいつもトリのAUTHORITY ZEROの前にやったんですけど、ラストソングって言って曲が終わっても、マジで1分くらい歓声がやまなくて。それでオーナーがもう1曲やれって言ってきたりとか。そんなんもあったりして。で、終わったらお客さんやオーナーが、オマエたちスゴいってビールやチップをくれたりとか。めっちゃウェルカムでうれしかったです。差別も受けなかったし」

――前に10-FEETがINSOLENCEとUS西海岸を一緒に廻ったことがあって、TAKUMAが言ってたんだけどとにかく刺激的で、その経験がスゴくデカかったって。いろんな新しいものを吸収し、スゴくロックなモードに入っていったって。それで作った作品が『Life is sweet』(2009年)だった。たとえば今回アメリカを廻り、向こうでチップをもらったりとか、日本じゃ経験できない新しい感覚やヴァイブをたくさん持ち帰ることができたわけじゃない。今後、そういうのがHEY-SMITHが作る音楽に反映されると思う?
「されると思いますね。やっぱ、今までもそのへんを意識して作ってた部分はあるんです。特に今回の作品『STOP THE WAR』は。で、アメリカでライヴやったときそういうのを意識した曲がけっこう当たったんですね。日本っぽい曲は逆にあんまりウケなかった。向こうを意識して作った曲はいい感じで。余計にそういう、ホラ~みたいな(笑)。やっぱこっちやろ、みたいな感じにはなるかもしれないです」

――向こうでちっちゃなツアー用バンで移動してたんでしょ? 大変じゃなかった?
「それはしんどかったですけど、それよりも楽しさとかワクワク感が勝ちましたね」

――メンバーともう一緒にいるのヤだなとか思わなかった?(笑)
「全然なかったですね。AUTHORITY ZEROとは移動が別だったんですけど、(HEY-SMITHの)メンバーとは絶対前より仲よくなりましたね」

――12本もやって、特に印象的だったのは1本目っていうことだけど、ほかにはどうだった?
「デンバーのライヴもよかったですね。めっちゃ雪降ってましたけど(笑)。気温もマイナス8℃くらいで。寒さがなきゃデンバーはいいですね。街がオシャレで可愛かったし」

――ZEBRAHEADのダン・パーマー(g)はどの公演にきたんだっけ?
「ダンはカリフォルニア州オレンジカウンティのフラートンだったと思います。PENNYWISEのバイロン(・マクマキン/ds)もハーモサビーチのライヴにきてましたね。デンバーとかは特に友だちとかはこなかったけど、お客さんのノリもよくて。しかもなんでかスゴくモテたんですよ、オレ(笑)」




取材・文/有島博志
協力・望月裕介