ブランドン・ボイド、6年ぶりとなる最新フル作『8』を語る!

かつてINCUBUSが巻き起こした3枚目『MAKE YOURSELF』(99年)と、4枚目『MORNING VIEW』(2001年)による喧騒は凄まじかった。 だけど、あれからもう、ずいぶん長い月日が流れた。彼らも年をとり、自らの音楽に年輪を刻み込むまでになった。 最新フル作『8』には、そんな彼らの“今の姿”が見事に投影されてる。ブランドン・ボイド(vo)にいろいろ聞いた。

――2015年にEP『TRUST FALL(SIDE A)』を出したとは言え、フル作としては『IF NOT NOW, WHEN?』から6年ぶりとなる新フル作が発売されるけど、今の心境は?
「とても楽しみにしてるよ。ここ数週間はリハーサルスタジオで曲を練習してたんだけど、新作用に書き録ってきたもののが、ここにきてバンドの一体感を高めるような感じになってきてるんだ。 メンバーと一緒にプレイしライヴ感を共有していくっていうのはやっぱり格別だよ。曲を覚えてる段階でワクワクするし、早くツアーでみんなと一緒にシェアしたいよ」

――夏からツアーですもんね。もうリハーサルを始めてるんだね。
「そう、今までになかったくらいベストな状態のオレたちをみんなに見せるよ!(笑)」

――新フル作を出すことをアナウンスしたわけだから、周囲の期待も大きいでしょう。
「そうなんだよ。そういう状態は好きだね、心から楽しめるし」

――つまるところプレッシャーを楽しんでると?
「(きっぱりと)そうさ! 」

――新フル作のタイトル『8』は通算8枚目にあたるということから?
「すこぶるシンプルでさ。マイク(・アインジンガー/g)とタイトルをどうしようかいろいろ話してたんだけど、クールなアイデアがいくつかあったものの、これって感じで際立つものがなかったんだ。 そうこうしているうちに、8枚目のフル作を完成させた話になった。“おめでとうだよな、26年もこのバンドでやってきて、8 times a charmだな”って。あ、英語にthree times a charm (執筆者註:正確にはthird time’s a charmで“三度目の正直”っていう意味)って表現があってね。 それをもじってオレがマイクにジョークを言ったんだ(笑)。“シンプルに『8』ってするのはどう?”ってね。そしたらマイクが“イイね”って言ってくれたからほかのメンバーにも話したら、みんなもとても気に入ってくれた。8をひっくり返すと無限大のマーク(∞)になるのもクールだなって思ってね」

――カリフォルニア州カラバサスで91年に結成、途中バンド活動を休止してた時期があり、かつメンバーチェンジもありましたけど、今アナタも言ってたとおり、INCUBUSとして四半世紀やってることになるね。 誰もができることじゃないわけで。この四半世紀はアナタ自身にとってどういうものでした? この期間はアナタにとって短かったですか、それとも長かったですか?
「そうだな…オレたちが一緒に活動してきた時間を振り返ると、ひと晩のうちに過ぎ去ってしまったような気がすることもあるし、10年でも一生分の経験をしたような気がしてたこともあった。 このバンドが始まった頃の古い写真やデビュー作『FUNGUS AMONGUS』(95年/日本盤未発売)のときの映像なんかを見てると、別の人生だったんじゃないかとすら思えるよ(笑)。 だけど、これだけの経験を大親友たちとできたっていうのはスゴいことだよね。大親友たちと世界中を回り、大親友たちとアートを作って。最高のときも最低にダークなときもお互いを見てきた。お互いの存在をラッキーだと思ってるし、恵まれてるなと思ってるよ」

――メンバーの多くとは高校時代からの友だちだったよね。
「実はホセ(・パシーヤス/ds)とは小学校のときに出会ったんだ。マイクは中学生のときオレとホセの友だちになり、一緒の高校に通った。だから高校生の頃にはもう何年もつき合いがあったんだよ」

――もうアナタの人生そのものですね、彼らは(笑)。
「まさにファミリーさ」



――前EPから長年在籍してたSonyを離れ、今現在のレーベル、Island Recordsに移籍しました。ずいぶん前にアナタたちとSonyとの間に衝突があったというニュースを読んだことがあるよ。 古巣のSonyを離れたのはその衝突が原因だったの? それとも契約満了とかに伴うもので、バンドを取り巻く環境を変えたいという意向もあったからの結果なのかな?
「Sonyとは、とても細かく長い契約期間を経て別れたんだ。17年間だよ!人間関係と同じで、多少関係が悪かった時期もあったけど、概ねイイ関係だった。Sonyとの思い出の大半はいい思い出さ。ただ、契約期間が終了した頃には、ほかの環境も探ってみたくなったんだ。 で、いくつかレーベルをあたったんだけど、最終的にIslandに落ち着いたのはそこで働くスタッフが理由だった。実はスタッフの多くが、オレたちが過去にEpic、Sonyで一緒にやってた人たちでね。だからなんか一巡したような感じなんだよね。 彼らはIslandでもすばらしい仕事をしてることがわかったし、アーティストのラインナップも魅力的だったから、ここに決めるのは当然の選択だった。このレーベルでやれることになってハッピーさ」

――自分はアナタたちのことを2枚目『S.C.I.E.N.C.E.』(97年)で知ったのね。『FUNGUS AMONGUS』は完全に後追いで。その頃は音楽にストリートヴァイブがあふれ、尖り、かなり攻めてたよね。 それは若さということもあったと思うけど、その後INCUBUSらしさを大きくブラすことなく、それでいて作品ごとに進化・成長をとげてきたじゃない。新フル作より強く感じられるロックバンドとしての包容力、聴く者を包み込むような優しさはベテランだからこそ、でしょう。 これまでのINCUBUSの音楽的変遷をどう捉えてる?
「『8』をできるだけ客観的な耳で聴いてると、初期の作品を思わせるものもあるけど、自分たち自身は無意識なんだよね。必ずしも意図的にやってるわけじゃないというか。ただ、スタイルやアート、政治…世のなかのさまざまなものにはサイクルがあるような気がするんだ。 オレたちがアーティストとして自己表現するときも、無意識にサイクルのなかで動いてるんじゃないかな。初期の作品を思わせるものを作ろうとしたわけじゃない。ただ新曲書いてただけ。大量に、すべてをさらけ出しながら書いてたんだ。 だけど後でつなぎ合わせてみたらこういう感じになり、なんだかクールだなと思ってね。『8』をすでに聴いた人たちも、初期の作品を思わせるところがあるねって言ってくれる人がけっこういるんだ。 モダンに進化した、いい意味でね。聴いてくれた人がフレッシュな気分になってくれるといいけど」

――なんか、さっき言ってた“一巡”の話に通じるものがあるね。
「そうだね」

――自分がアナタたちのライヴを初めて観たのは、3枚目『MAKE YOURSELF』(99年)の発売ライヴでした。ハリウッドのロキシーシアターで。ライヴが最高によくて終演後にスウェットシャツを物販で買ったほどでね(笑)。 この作品と次の『MORNING VIEW』(2001年)のウルトラ大ヒットでバンドの知名度は世界的にグンと上がったよね。初来日しサマソニに参戦したのも『MORNING VIEW』発売前のことだったし。サマソニ東京に出た日はあいにくの雨だったことを今も覚えてるよ(笑)。 あのウルトラ大ヒットはバンドにとってどういうものだったんだろう? あの大ヒットで得たものとは? 逆に失ったものとは?
「バンドとしては、世界中に自分たちの音楽を届けることができたのはすばらしいことだった。正直、このバンドで得た経験のなかで一番大切にしてることのひとつさ。すばらしいことは山ほどある。もちろん試練もあるけど、それよりずっと多くのすばらしいことがある。 オレとしては、自分が愛して大切にしてて、信じてる音楽を世界中のオーディエンスに届けることができるっていうのは、オレが想像できることのなかでも一番クールなものに違いないって思ってる。日本にいく機会が何度も与えられたことにもとても感謝してるんだ。 プレイするのもそうだけど、時間を過ごして、友だちを作ることができるってことにもね。 日本に初めていったときのことは今でも憶えてるよ。うちから一番離れたのが日本だった。だから初めて東京にいったときちょっと怖気づいてしまったけど(笑)。だけどそんな感じも1日半くらいだったかな。少しずつ友だちができてくると、世界のなかでも好きな場所のひとつになっていったんだ。 憧れの場所だよ。いくのが嬉しい場所があること、そしてその場所の人たちがオレたちの作った音楽を好きでいてくれることは、世界で一番すばらしいことだと思う。確かにオレたちの人生は変わったけど、ほとんどすべていい意味で変わったんだ」

――日本には根強いファン層が変わらずいて、それも得たもののひとつだね。
「そう!ラブリーだよね(笑)」

――その2作の成功により5枚目『A CROW LEFT OF THE MURDER』(2004年)を作る余裕ができたということってある? 実はあの作品が好きでね。あのサイケ調の作風や、トリッキーなノイズの絡みが。 第1聴時は驚いたけど、当時まさかアナタたちがあの方向性にいくとは思いも寄らなかったんで革新的で先鋭的だと感じたんだ。あの作品で、なぜああいう方向にいったの?
「理由はいろいろあるんだ。大成功作を2つ引っ提げてから作った作品というのもあったし。それもアメリカ国内だけじゃなく世界的な成功だった。と同時にメンバーチェンジもあった。それまでのオレたち史上一番ビッグな出来事だったから、メンバーを失うことが怖かったんだよね。不安がつきまとってたんだ。 それで、THE ROOTSとツアーした後で(THE ROOTSの一員だった)ベン・ケニーと会った。とにかくアイツには惚れ込んだね。ミュージシャンとしても才能豊かだし、前ベーシストのダーク・ランスとまったく違うタイプだってのもよかった。 『A CROW LEFT OF THE MURDER』は、オレたちが初めてのダンスを踊ってるような作品だね。ある意味お互いの様子を探り合ってるような…初めてのデートみたいにね(笑)。また、新しいエネルギーを得て、再び活性化しつつある状態が表れた作品でもある。ベンがファミリーの一員になったことにとにかくワクワクしてる様子がわかる作品でもあるよ。 それから成功作を2枚経た後で、いったん一休みしてからフレッシュな状態でやりたかったというのもあった。まあ作品を出すときはいつも、想定外のフレッシュな要素を入れるようにはしてるけど。それがみんなをハッピーにするときもあるしガッカリさせてしまうこともあるけど、同じような作風の作品を2度作ったことは一度もないから」

――だけど、どの作品にも必ずINCUBUSらしさがある。その点も好きなんで。
「ありがとう。そうであることを願ってるよ(笑)」

――で、6枚目『LIGHT GRENADE』(2005年)で今現在の音楽的方向性に近づくわけだけど、その作品発売とそれに伴うツアー終了後にしばらく活動を休止したよね? あれはどういう事情から? また、その決断はメンバー全員の意向だったの?
「概ね全員の決断だった。『LIGHT GRENADE』のサイクルが終わった時点で、オレたちのなかでも変化があったんだ。それぞれが人生の違ったフェーズに進みつつあったし、以前より家族や恋愛関係が重要になってきてた。ホセのとこには女の赤ちゃんが生まれたし、みんなINCUBUS以外のところでやることができてきたんだ。 “○×□ができない”とお互い告げ合うのはイヤだったし、休むことにしたんだ。マイクは何年か学校に戻り、オレもソロプロジェクト、SONS OF THE SEAを始めた。お互い枝を伸ばしてみたい時期だったんだ。 その後また集まって7枚目『IF NOT NOW, WHEN?』の曲作りを始めたときが、バンド史上一番難しい時期だったよ。ほかのバンドがずっと前に経験したことを20年近く経ってから経験したというか、ちょっとみんなバラバラになりつつあった。 『IF NOT NOW, WHEN?』での経験が巻き起こしたホコリが収まった頃、Sonyとの契約が満了になり、長い間一緒にやってきたマネージャーとも離れた。キャリア史上初めて次のことがなにも決まってない状態になったのが最高だったね。 リブート(再起動)する機会を得たんだ。それでEP『TRUST FALL』を作ることができて、そこから芋づる式にDEFTONESとのUSツアーにつながり、やがて『8』の曲作りにもつながった。『8』はオレたちがこのバンドをやってることへの愛に再び目覚めた作品と言える。このバンドでみんなに音楽を届けていくことのね」

――さっき言ってた『8』で無限大(∞)の喜びを与えてくれると?
「そうだよ!(笑)そうするつもりさ」

――『8』を介してファンに伝え、一緒にシェアしたい音楽的なこと、歌詞的なこととは?
「『8』はソングライターとしてのオレにとって間違いなく試練の作品だった。いろんな意味でね。だけど自分自身に今までとは違った形で試練を与えたかったというのもあったんだ。だからソングライティングもレコーディングもベストをつくした。 自分のなかの“安全地帯”からあらゆる意味で飛び出そうとしたんだ。同じことを絶対に2度やらないようにする必要があった。そうしようとすればするほど難しくなるものだけどね。“あのヒット曲と似たような曲を書こう”とやるのは簡単だしそれもできたけど、そうはしたくなかった。 革新的になりたかったんだ。苦しみながら新しい領域に進みたかった。その過程のなかで自分には価値なんてないんじゃないか、諦めた方がいいんじゃないかって思ったこともあったけど、諦めなかったし、メンバーの誰も諦めなかった。そのおかげで全員が誇りに思える作品ができたから、みんなとシェアできるのがとても嬉しいんだ」

――スクリレックスの起用も“安全地帯”から飛び出そうということの一環だったの?
「うーん、確かにそうだけど、彼を起用したのは過程のあとの方で、オレたちにとってもサプライズだった。あの時点で作品はほぼでき上がってたし、ミックスも終わってたから。スクリレックスは友だちと一緒にスタジオに遊びにきただけなんだ。 “作品ができたから”って聴かせたらスゴく気に入ってくれて、1、2曲分のリミックスを申し出てくれた。もちろんOKしたさ。で、1~2時間経って作ってくれたリミックスがあまりによかったもんだから、いっそのこと作品1枚丸ごとやってくれって頼んだんだ。 1年かけて作品を作り終わったところで、最後の2週間でスクリレックスが入ってきたってわけ」




取材・文/有島博志
通訳・翻訳/安江幸子
写真・Brantley Gutierrez